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  あるコンピュータ担当の

 
       せんせいの苦悩と喜びのお話だよ!

     

(1)1985年はコンピュータ教育元年

 

 ちょうど今から10数年前、1985年が教育にとって、ひとつの大きな飛躍の年でした。「コンピュータ教育元年」といういわれ方をしていた年です。

 私にとってもコンピュータと初めて出会った運命的な年でもありました。ちょうど新任の頃で、わずかばかりのボーナスの全てをつぎ込んで初めて購入したコンピュータ。その時の胸のときめきは、今でも昨日のことのように思い出す出来事でした。そのコンピュータをこっそりと教室に持ち込み、テレビとつないで算数のドリルをやらしたのです。その瞬間大事件が起きたのです。教室の窓を全部閉めて、しばらく事の成り行きを眺めていました。そうです、子どもたちの目付きがいつもとは、はっきりと違うのです。どう表現していいのかわかりませんが、とにかく今までに見た表情とは違うのです。 この事があって以来、わたしとコンピュータ教育との付き合いが始まったのです。しかもとても長い、10年にも及ぶ付き合いが。

 次の年、その小学校に16ビットのコンピュータがたった1台、ワープロ用として購入されました。そして、しばらくすると8ビットのコンピュータが数台子どもたちの学習用として導入されてしまいました。とんでもないことになったのです。コンピュータを学校に入れて、教育に役立てていく、教育のために使っていく、子どもたちも、コンピュータを使って、勉強しなければならなくなってしまったのです。

 

(2)1994年はマルチメディア元年

 

 「あれから10年がたちました。」

 1994年になって、マルチメディアが一気に入ってきて、「マルチメディア元年」といわれています。火をつけたのは、コンピュータとネットワークの急速な技術の進歩でした。

 日置小学校にも、この波が押し寄せて来ました。校舎が新築されたのに伴い、コンピュータが導入されてしまいました。またまた、えらいことです。しかも、機種はFM−TOWNSUというマルチメディア対応のはしりの機種なのです。「なんでも出来る魔法のマシン」と思われてもしかたのないものです。

 しかも、もっと都合の悪いことに、学校の建築様式が、広々としたワークスペースは確保されているは、多目的ホールはあるは、ランチルームとやらまである。そして最も都合の悪いことに、コンピュータを設置した視聴覚室は、図書室と一体となっており、同時に活用すればまさに「メディアセンター」として位置付いてしまうのです。

 こんなに都合の悪い小学校は、世の中には無いと思う位都合が悪いのです、私にとって、そして我が校の職員にとっては。

 何故都合が悪いかって、「だってこんな学習環境の整備された学校なら、世間でよく耳にする、新しい学力観に立った教育」とやらが、出来てしまうと思われはしないかということです。当然世間の人達は、そのように思うでしょう。もし、私が外から、そんな学校を見かけたら、なんと羨ましいことかと思うにちがいありません。

 都合の悪いことは重なるものです。この年、我が校は、なんと、こともあろうに『研究発表会』をしてしまったのです。7学級全部が公開授業を行い、大胆にも、そのうち3学級がコンピュータを用いて授業をしてしまったのです。これがいけませんでした。

 さらに、追い打ちをかけるように、校舎が「文部大臣奨励賞」とやらに選ばれてしまいました。新聞にもでました。世間は、さらに注目し始めました。学校の訪問も増え、その対応も大変です。ある時見学に来ていた、一人のお祖母さんが、にこりとしながら私に話しかけました。

 「こんなすばらしい学校で勉強できる子どもたちは、本当に幸せですね。きっとみんな東大に行けるぐらい賢くなって卒業するんでしょうね。」

 と。返答に困ります。「そんなわけないやろっ。」と心の中では思うのですが、「それを、言っちゃぁおしまいよっ。」です。

 だって、まだ一つ新しくなっていないものがありそうだからです。それが何だかはっきりとは、わからないのですが。

 さらに、極めつけの困った事態が降って沸いてきました。なんと、平成7年度(1995年)に兵庫県教育委員会指定の『コンピュータ利用教育推進校』になってしまったのです。さらに、さらに困ったことには、「コンピュータ利用教育推進教員」として一名の教員の加配まで決まってしまいました。なんということでしょう、神様!

 

 しかし、昨年、1994年はまだ「マルチメディア教育元年」ではありません。

 

(3)1995年、世間は『マルチメディア教育元年』

 そして、今年、1995年。

 「あれからほんとうに10年が経ちました。」

 8ビットマシンは、32ビットのマルチメディアコンピュータに変わり、学習環境は整備された、この小学校の平成7年度が始まってしまいました。

 新しく、校長先生と教頭先生が赴任され、もう一人若くて、美しい新しい仲間も増えました。そして、なぜか知らねど、わたしは、ここにいるはめになったのです。とても喜んでいます。

 コンピュータ利用推進の研究発表の悪夢は、どうも正夢になってしまいました。研究のテーマも決まりました。

 主テーマは『一人一人が意欲的に学び続ける基礎を培う学習指導の創造』ということ。

 実は、これは、昨年の研究テーマと同じです。よくあるテーマです。解釈のしようによっては、何とでもなるテーマです。ただし、新しい学力観を正しく、マスターしておればの話ですが。

 サブテーマも決まりました。

   「〜子どもの学習を豊かにする、コンピュータ等の活用〜」

というものです。

 もう、ここまでくると逃れられません。しかたがありません。あきらめなければ。いっそう、開き直って研究するしかありません。

 そして、もう一つ大胆にも、研究会の日には、7学級が全部授業を公開するということまで決めてしまったのです。これは、もう私の心配をはるかに越えた大変なことなのです。

 しかし、どうせ、誰も知らないのです。コンピュータの学習指導への活用なんて。多紀郡内の小学校の先生で、コンピュータを授業に活用している人は、ほんの数える程です。研究会に来る人も大部分は郡内の先生達です。心配することはありません、多分。いや、やはりほんの少し心配です。

 言葉の意味も考えていかねばなりません。「子どもの学習を豊かにする」までは、昨年と同じなので、昨年の研究冊子をみて下さい。

 『コンピュータ等の活用』、変わったのはここだけです。

 「コンピュータ等」の特に「等」の意味ですが、これは、「コンピュータとその他の教育機器も含む」という意味に受け止められます。半分は、その解釈でよいと思います。最初は、コンピュータを利用して、もし授業が出来ない場面が生じた時の「いわば逃げ道」として、この「等」は大きなポジションを占めていました。

 本当は、それだけの意味ではありません。「コンピュータ等」の「等」は、『コンピュータを中核として他のメディアを有機的に組み合わせることにより、単一のメディアのそれぞれだけでは実現し得なかった相乗的な効果があるのではないか』ということを1年かけてみんなで、ああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら、確かめていこうということです。

 

(4) さあ、研究推進だ レッツゴー・ゴー

 

 さあ、いよいよ研究推進、毎日コンピュータを使って授業だ、と行くはずであったが、そうは問屋がおろさない。

 そして、毎日聞こえてくる声は、「どう使ったらいいのかわからない」、「コンピュータの操作がわからないから」とても授業に生かすなどということは無理、というものばかり。このように考えるのが普通であり、また当然かもしれない。

 しかしながら、「コンピュータの操作に習熟」すれば、「学習指導に生かせるのか」というと、必ずしもそうではないことに気づく。すなわち、子どもたちは「キッドピクス」を何の説明もしなくても、マウスを使って適当にアイコンをクリックしながら自然と使いこなしてしまう。もう、操作性云々は理由にならなくなってしまったのです。

 次に聞こえてくる声は、「効果的な使い方を示して欲しい」などなど。つまり、決まった使い方が分かっているなら、その方法を示してくれれば、その通りには、とりあえず使おうというつもりか。

 なるほどこれも理解できる。つまり、OHPなら、その活用方法は、教師が資料の提示をするのがその主なもの。まあ、たまによく活用する教師なら、子どもに自分の考えを書かせて発表に利用するぐらいか。それにしてもその方法は数種類だけ。コンピュータも使い方が数種類だけであってくれれば、こんな楽なことはなかったのに・・・

 

(5)学習の道具として

 

 とりあえず、みんなで文部省発行の「情報教育に関する手引き」という、本を一人一冊ずつ購入して、読んでみることにした。まあ、はっきりと言って、おもしろいとは言えない本で、読み進まなかったが、わからないまま、何度も出てくる言葉が見つかった。それは『学習の道具』というもの。

 これまで、コンピュータを授業で活用するとは、算数のドリル的に使い方ばかりを想像していた我々は、それとは、ちょっと違うなと、ほんのわずか気づいた。

 しかし、学習の道具と言っても、ものさしやコンパスのことでもなさそうだし。わかったようで、実はあまりわかってはいないのかもしれない。でも、みんな「学習の道具」

   「がくしゅうのどうぐ」

   「ガクシュウノどうぐ」

と三回繰り返して聞こえてくるので、まるであの、マインドコントロールにかかったみたいに、『学習の道具』だけは使うことにした。

 とりあえず、次に行こう。

 

(6)「えっ!誰も、コンピュータの授業見たこと無いの?」

 

 ここで、みんなから、またまたとんでも無い声が聞こえてきた。「コンピュータの授業見たこと無いねぇ!」そういえば、まさかコンピュータ利用の研究を実施するなどと予想もしていなかった、我々教職員の中で、コンピュータを活用する公開授業にほとんど行った者がなかったのです。

 そこで、県内の先進校とやらを教育委員会に問い合わせて必死で探しました。みんなで、幾つかのグループに分かれて合計4校視察に行きました。大変参考になり喜んでいます。でも、我が小学校のやり方とは、少し違うようです。

 なぜって、先進校の多くは、学校の先生が自作ソフトとやらを作っていたのです。えっ、我々はソフトを自分達で作ろうなどと、実は一度も、また、誰の口からも出ませんでした。最初から、考えていませんでした、と言う方が正しいのかもしれません。

 10年前、私自身は、実を言うと、そういうことをやったことがありました。学習で使うソフトを作っていたのです。当時は、ベーシックとかいうコンピュータ言語を用いて、プログラムしていたのです。100時間ほどかけて、たった10分間使う、一回きりのソフトを。でも今はやっていません。また、他の先生にも作ろうなどとは、言いません。子どもたちと一緒に過ごす時間をとった方がずっといいし、だいいちずっと楽しいですよね。

 あれから、やはり10年たってしまったのです。世の中は、マルチメディア時代、私たちの力では、マルチメディア対応のソフトなど到底作れそうにありません。いや、作りません。

 いや、待てよ、子どもたちなら、可能かも。

 

(7)「学習の道具」の次は?

 

 学習の道具は、うまくマインドコントロールで、浸透したのですが、その次に進まなくなりました。しかたありません、基本に戻り、「新しい学力観」をもう一度おさらいすることにしました。

 臨時教育課程審議会答申から、始まり、教育課程審議会答申、そして新学習指導要領の総則、指導要録改定の趣旨などなど。

 「主体的に学ぶ」から始まり、

 「体験的な学習や問題解決的、問題探求的な学習方法の重視」

 「思考力・判断力・表現力」

何ども耳にした言葉ではありますが、コンピュータの活用とは関係無いのかな、とも思っていたのです。実は、そこが大きな誤りだったのです。コンピュータの活用の研究は、コンピュータの操作のことばかり考えていたのです。先生も子どもたちにも「コンピュータの操作の習熟」さえ、出来れば授業に効果的に使えるものと信じていたのです。

 

(8)『もんだいかいけつとひょうげん』

 

 そしてやっとこの頃、はるか遠くの方に次のような言葉が見えて来ました。  『子どもが自ら考え、表現するときの道具』

としてコンピュータを活用する、というものでした。

 ほんの少しだけわかったのですが、かなりの安心観でもありました。

「子どもの道具」とか、「表現の道具」という言葉は、会話の中にも少し出てくるようになりました。今度はマインドコントロールは必要ありませんでした。


2.1998年「インターネット利用教育」本格稼働

 

 そして、1998年が始まった。文部省は、2002年までに、全国の学校をインターネットで接続することを表明。いよいよ、学校教育もネットワークの利用がごく普通の時代に突入。「ねこも杓子もインターネット」の時代で、国内の接続数は、1000万件に迫っている。

 我が「面白授業創造館」も時代の流れに沿って、1997年からインターネットのホームページを開設。しかし、開設はしたものの、「なぜ、ホームページを公開するのだろう?」という疑問に自問自答しながらの一年でした。でも、やらなければ、このことも疑問に思うことはなかったかなぁ。

 そして、今ホームページを作る時にいつも心がけていることは、自分が使いやすいページを作ること。つまり、そのページから自分の思いのままに必要なページに行けること。そして、基本的に小学生がいつでも学習に利用できるものであること

 ちなみに、私が勤務している小学校の先生方のインターネット接続率は、30パーセント。携帯電話の所有率は70パーセントなので、もう少し普及してもいいかなという段階。
 

(1)「表現する」とは「誰かに、自分の思いや願いを伝える」こと

 

 1998年5月の今、我が「面白授業創造館」は、ここまでやっとわかってきたのです。


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